浅田啓嗣 「痛みに対する理学療法士の役割」
我が国では高齢者の増加、寿命の延長に伴い、筋や関節に対して痛みを訴える人が増加しています。厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、介護や支援を必要とする人の4分の1が筋・関節の問題が原因です。
例えば、膝の痛みの原因として変形性膝関節症が挙げられます。一般には関節軟骨がすり減って痛みが出現すると言われていますが、軟骨には痛みを感知する受容器が存在していません。痛みの程度は人によって様々で、骨や関節の変形度合いとは必ずしも一致するわけではなく、関節内の炎症により痛みが生じています。歩いたり階段を上ったり、運動によって炎症を起こしている関節にストレスが加わると痛みが生じますが、運動することは悪いことなのでしょうか?安静が一番なのでしょうか?
近年、運動の有効性が明らかにされ、痛みの軽減に繋がることから痛みがあってもできるだけ早く運動を始めることが推奨されています。すり減った軟骨がもとに戻るわけではありませんが、痛みがあっても運動を継続している人のほうが、運動量の少ない人より軟骨量の減少が少ないことが明らかにされています。また、ウォーキングなどの軽い負荷の全身運動によって筋を活動させると、全身の慢性的な炎症が抑えられることも分かってきました。適切な運動量と内容を明確に定義することは困難ですが、習慣的に運動を行える状態に導くことは理学療法士の重要な役割です。
痛みや変形の進行を予防するためには、心理面からの対応も重要です。痛みが慢性化すると痛みへの恐怖のため運動を回避しようとする思考(恐怖 回避思考)や痛みにとらわれ続けてしまう思考(破局化思考)が生じ、脳内にある疼痛抑制機能が低下すると言われています。恐怖 回避思考の評価を提唱したGordon Waddell氏は“fear of pain and what we do about it may be more disabling than pain itself.” 「痛みへの恐怖と我々が痛みに対して行うことへの恐怖が、痛みそのものよりもより大きな障害をもたらす可能性がある(筆者訳)。」と述べ、患者自身だけでなく医療人の対応も痛みの増幅・慢性化に関わっている可能性を指摘しています。痛みは組織の損傷の有無に関わらず、本人の情動的な体験です。医療者の対応で不安を高めないよう、痛みの訴えを傾聴し、否定せず、適切なコミュニケーションを図ることも治療のひとつと言えます。
あさだ けいじ
1989年▶京都大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業
奈良県心身障害者リハビリテーションセンター 理学療法士
2006年▶鈴鹿医療科学大学保健衛生学部理学療法学科 講師
2012年▶奈良県立医科大学大学院医学研究科修了(博士:医学)
2013年▶鈴鹿医療科学大学保健衛生学部理学療法学科 准教授
2019年▶鈴鹿医療科学大学保健衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授 現職
【資格】日本理学療法士学会専門理学療法士(運動器)・認定理学療法士(徒手理学療法)
Orthopedic Manipulative Physical Therapist (International Federation of Orthopaedic Manipulative Physical Therapists)
Schroth Therapist (International Schroth 3D Scoliosis Therapy)