牛田健太 「慢性疼痛と運動療法」
みなさんは、「ランナーズハイ」という言葉を知っていますか?マラソンランナーが長時間走行することで得られる、多幸感を指します。この多幸感は内因性オピオイド鎮痛物質の放出により生じるのですが、この物質は、脊髄後角で痛みの伝達を妨げ、痛みを感じづらくする効果もあります。つまり、『有酸素運動が疼痛を抑制する』のです。
有酸素運動による痛みの抑制はEIH(exercise-induced hypoalgesia)と呼ばれ、慢性疼痛治療に応用されています。今までの研究では、EIH出現には、60%HRR(heart rate reserve)の高強度、且つ、30分~2時間の長時間の運動が好ましいとされていました。しかし最新の研究では、例えば20分ほどのウォーキングといった、低負荷・短時間の運動でもEIHが生じることが分かっています。さらに、普段から運動習慣のある人は、EIHが生じやすいことも分かりました。低負荷・短時間の全身運動を、日々継続することが、疼痛抑制の手段の1つになるのです。
さて、これらを踏まえれば、慢性疼痛患者さんには積極的な有酸素運動が好まれます。当然、医師や、我々理学療法士を始め、多くの職種が患者さんに運動を推奨しますが、実際は中々上手くいきません。なぜでしょう。
それは、「動かすと痛みが強くなってしまう」という運動恐怖が1つ原因といえます。痛いから動きたくないのに、運動をして痛みを取り除くというロジックに、違和感を持つのは、当然と言えば当然です。そして裏を返せば、この運動恐怖を取り除き、運動を推奨していくことが、医療者の役割の1つともいえます。ここでまず大切なのが、適切な患者教育です。運動療法による疼痛抑制の仕組みを説明したり、実際に運動療法で改善した他の患者さんの話をしたり。運動が「悪者」じゃないことを丁寧に説明します。そしてもう一つ大切なのは、成功体験が得られやすい運動処方です。例えば、脚が痛くて歩きたくない患者さんには、腕の運動などの座って出来る運動を推奨し、運動による疼痛抑制の体験をしてもらいます。更に、FITT(運動の頻度<Frequency>、強度<Intensity>、時間<Time>、種類<Type>の運動処方の4要素の総称)を細かく設定するのも良いかもしれません。もしここで、上手く成功体験が得られれば、患者さんの運動恐怖が軽減し、運動療法の継続につながるでしょう。
運動療法は慢性疼痛患者の治療の一助になる、大切な治療方法です。そして運動療法を最大限に活かすためには、慢性疼痛のメカニズムの理解が必須となります。みなさんも慢性疼痛について、運動療法について、学んでみませんか?
うしだ けんた
理学療法士
2016年➤信州大学医学部保健学科理学療法学専攻 卒業
➤三重大学医学部附属病院リハビリテーション部 入職
2018年➤がんリハビリテーション研修 修了
2018年➤三重大学大学院医学系研究科麻酔集中治療学講座修士課程 入学
2019年➤三重大学大学院医学系研究科麻酔集中治療学講座 特任助教 就任